一部にみられる「マニフェスト絶対主義」ともいうべき態度について

 その一つは、鳩山政権の一部閣僚の発言のなかに、“総選挙で民主党のマニフェストは信任を受けたのだから、書いてあることは一言一句、有無を言わさずにやる”という、「マニフェスト絶対主義」とでもいうべき態度がみられることであります。

 (1)ある大臣は、初登庁の日に、民主党の「マニフェスト」の冊子を手にかざしながら、「マニフェスト」について、「政権交代した今、国民と新しい政府との契約書、国民からの命令書と考えてもよいと思う。携行して熟読し、どうすれば実行できるか知恵を出すように」と幹部職員に訓示しました。選挙で掲げた公約の実現のために誠実に力をつくすことは、一般論として当然のことですが、民主党の「マニフェスト」を、丸ごと「国民からの命令書」と断言する態度には、民主主義にてらして、大きな問題を感じざるを得ません。

 なぜなら、今回の総選挙で、国民は「自公政権ノー」の審判は下しましたが、民主党の政策と路線に信任をあたえたわけではないからであります。とくに「マニフェスト」の個々の政策の実行にまで丸ごと白紙委任をあたえたわけではありません。そのことは各種の世論調査の結果でも明らかであります。またそのことは、選挙直後の会見で鳩山代表自身が「今回の選挙結果を、単純に民主党の勝利ととらえていない」と認めていることであります。

 選挙で多数の議席を獲得したとしても、一つ一つの政策を実行するさいには、国民の世論に耳を傾け、理解と合意を得る努力をつくすこと、国会での十分な審議をつくすことが大前提となることは、どんな政権でも、どんな問題でも、欠くことのできない民主主義のプロセスであることを強調しなければなりません。

 (2)たとえそれが、国民の利益にかなった良い方向の課題であっても、こうした民主主義のプロセスは不可欠であります。国土交通大臣は、就任直後の会見で、「マニフェスト」に書いてあることを理由に、群馬県の八ツ場(やんば)ダムの工事中止を宣言しました。しかし、その表明が、中止の根拠や今後の対策について十分な具体的説明ぬきにおこなわれたため、住民からは怒りの声もあがっています。

 半世紀以上もの間、国の施策にほんろうされてきた水没地区住民の苦難は想像にあまりあります。長い反対運動の末、苦渋のダム受け入れを決断し、一刻も早い地域再建を願ってきた住民のなかから、国の政策変更によって暮らしが左右されることに怒りの声があがることは当然であります。旧政権による誤ったダム建設押し付けが原因であっても、新政権が政策転換をするさいには、政府として真摯(しんし)な姿勢で謝罪し、不安や要望に謙虚に耳を傾け、ダム中止の根拠を丁寧に説明し、とくに生活再建、地域振興策を住民とともにつくりあげ、理解と合意を得る民主的プロセスが必要であります。それぬきに「マニフェスト」に書いてあるから問答無用という姿勢をとるならば、住民の理解は得られないし、ダム推進勢力に口実を提供することになります。

 八ツ場ダムについては、わが党は、早くから一貫して、無駄と環境破壊の計画として、住民団体、市民団体と共同し、国会でも地方議会でも中止を求めつづけてきました。そのさい、中止にあたっては、地域住民が受けた困難を償うなどの観点から、国と関係自治体などが地域住民を交えた地域振興のための協議会をつくり、住民の生活再建や地域振興をはかることを義務づける法律を制定することを要求してきました。地元住民や関係者の疑問や不安に一つ一つ答え、ダム中止への理解と合意が得られるよう丁寧に手をつくすことを、わが党は新政権に求めるものであります。また、党としてもそうした見地でのとりくみをおこないます。

 (3)政権運営で民主主義のプロセスを重視することは、国民にとって問題点や危険性をはらむ課題、国民が不安を感じている課題では、なおのこと重要であります。

 民主党が「マニフェスト」で掲げた、庶民増税と抱き合わせの「子ども手当」、高速道路無料化などについては、多くの国民からひきつづき不安と批判の声が寄せられています。農業とコメを破壊する日米FTA(自由貿易協定)や、国民多数の声を国会に届かなくさせる衆院比例定数削減にたいしては、国民のなかから強い反対の声がわきおこっています。

 これらの課題については、民主党政権が、数の力で押し通すことは絶対にやめ、国民の不安や批判に謙虚に耳を傾け、政策の抜本的見直しをはかることを強く求めるものであります。